第38回 ウクライナ避難民の方によるウクライナ家庭料理教室★ソ連政府のお墨つき!想い出のボルシチは1959年のページから
2026年2月18日
2022年9月に始まったこの料理教室も38回目。定番料理と言えばボルシチですが、私達は5回もそれぞれ工夫されたボルシチを楽しんできました。ボルシチは、日本で言えばお味噌汁またはお雑煮。家庭によって異なるレシピで、その家の「我が家のボルシチ」があります。ちなみに私のボルシチは、新卒で働き始めたラジオ局で、美人でお料理上手の日本人の先輩アナウンサーが教えて下さったレシピが最初。先輩は、ロシア人に教わったと言ってたっけ。時は1998年、ロシアはルーブル切り下げの冬の時代。肉が高くて、肉の缶詰「トゥションカ」使ってたんだよねえ。今じゃあ、私もお肉を買えるようになったのよ!
ニーナさんが今回提案して下さったレシピは、「ボルシチ1959」ともいうべき、時は1959年、ソ連政府が発行した料理大全に収められているレシピのボルシチです。ということは、ソ連政府のお墨付きというわけ。ボルシチ以外にも各共和国の郷土料理が掲載された本だそうです。果たしてどんなボルシチになることか。早速、67年前のキッチンにタイムスリップ!
豚肉600gに人参、キャベツ、ビーツ、缶入り豆、玉ねぎ、にんにく、トマト缶、トマトペースト、お酢、ローリエ、粒こしょう、香りづけにピーマン(これはニーナさんの好みです)です。材料を細かく切っていきます。時間の都合上、今日は缶のビーツを使います。ブイヨン作りからスタート。水を張って、豚肉、人参、玉ねぎ、ピーマンを入れます。人参と玉ねぎで出汁を取るのが、本式だそう。確かに、以前来て下さったオデッサのナージャさんも玉ねぎを丸ごと1個放り込んで、出汁をとっていた記憶があります。


フライパンに油を入れて熱さないまま、玉ねぎを炒め始めます。さらに人参を投入。火が通ったらそのまま温かいフライパンに置いておきます。ゆっくり、じっくりが大事。「ボルシチは作るこのハートがとっても大事。心をこめてゆっくり」とニーナさん。その後、トマトとトマトペースト、好みでケチャップを入れて火を通します。一方、ぐらぐらに沸いた鍋のあくを取り、出汁のでた野菜はケチらずに捨てます。捨てちゃうんですね~…。

じゃが芋を投入し、沸騰させ、お次はキャベツ。フライパンには、ビーツを入れて砂糖大さじ1を入れて加熱します。鍋にビーツ、豆、残ったピーマンのみじん切りを入れてさらにさらに煮込みます。色を綺麗に保つためにお酢かレモン汁を入れて、さらにさらにさらに煮込みます。
ディルとにんにくのみじん切りをここで投入し、調味に入ります。塩ともし足りなければ(1959年はないだろうけど)顆粒のスープの素を少々…。最後の大切なポイントは、火を止めて10分ほどボルシチをなじませます。これをやらないと味が熟成しないんですね。
1959年より愛をこめて!ボルシチ1959の出来上がりです。いや~、今日は結構、いろいろ煮たね。レッスン開始から2時間もかかりました。

白菜のサラダはとても簡単。トマトときゅうりと白菜とゆで卵を切って、マヨネーズで混ぜ合わせるだけ。「白菜、サラダにしちゃうんですか~!」「ハイ、ウクライナでは白菜はサラダ。スープには入れません。柔らかくてサラダ向きですね。ここに茹でた鶏肉を入れても美味しいですよ。ただし、マヨネーズのサラダはその日のうちに食べる事!」なるほど。そのようにいたします。

ニーナさんがよそって下さいます。「具はたっぷり入れてスープは少なめにしてください。ボルシチは具を多くよそい、深皿で頂くものです」それでは、いただきまーす!皆さん、1959年のボルシチのお味はいかが?「なんか、脂っこくないですねえ…野菜も多くて」「おいしいですね!さっぱりしてる」ニーナさんは家でよくボルシチを作るんですか?「日本では全然!これは、昔はソ連のひとびとは皆働いていたので、たっぷり作って毎日食べるものでした。お肉に野菜に具だくさんで、労働者たちに力をつけるスープでした」そうよ…。私だって、ロシア国営団体の若い労働者だったわよ…。真冬のボルシチはご馳走だった。お給料は(肉が買えないくらい)安かったけど、ラジオの仕事は本当に楽しかったし、ボルシチは命の水だったわよ…。あ、なんかトシとると昔の出来事がやけに輝いて見えちゃうのよね…。

今日は聖バレンタインデー。ニーナさんがお手製のケーキ・ナポレオンを持ってきてくださいました。カスタードとアレンジで林檎が挟んである幾層にも重なるケーキです。これは大変美味しいケーキでした。誕生日や楽しい集まりの時に頂く、華のあるお菓子です。写真を撮り忘れてしまったのが残念…。
1959年、アメリカ合衆国では、ソ連首脳の初の米ソ会談として、フルシチョフとアイゼンハワーの会談が実現、ソ連はまさに雪どけの時代でした。そして2026年の今日、多くの人々が愛と平和の「雪どけ」を待っています。

株式会社日露サービス
代表取締役社長
野口久美子
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