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ロシアと北朝鮮 日本への影響

2024年10月28日

ロシアと北朝鮮が今年締結した「包括的戦略的パートナーシップ」に基づき、ロシア・クルスクに北朝鮮兵士の一団が送られているという事実は、ウクライナにおける戦争の終結の不確定さにおいても、東アジアの平和的安定について考えた場合においても、非常に憂慮すべき事態になった。

 

ロシアと北朝鮮の関係は、日露関係や露韓関係と比べて、極めて政治的である。政治的に枠組を作ったうえで交流を行うのはどの国とでも当然なのだが、露朝関係はその枠組みだけが強く、個々の国民同士の交流が極めて薄いまま継続されている。北朝鮮国民が自由にロシアとの友好団体を組織し、自由にロシアを訪問することが出来ないのが大きな理由である。他方、ロシア社会における北朝鮮へのまなざしも淡々としている。

 

私は1998年から2000年の2年間、ハバロフスクにあったロシア国営放送のラジオ部門である「ロシアの声」というラジオ局で日本向け放送の日本語アナウンサーとニュース翻訳の業務を担当していた。内容は、すべてロシア政府が作り、翻訳の検閲もあった。当時、ハバロフスクからは中国と朝鮮半島向けに中波や短波の放送を行っており、日本課のほか、中国課と朝鮮課があった。朝鮮課のメンバーは10名弱だったように思う。韓国と北朝鮮に分けず朝鮮半島全土に向けて、ロシアのPRや情勢を伝えていた。ソウルの大学でロシア語を専攻したという韓国出身の女性や、朝鮮半島分断前からソ連に来ており、当時の時代背景から日本語も堪能な朝鮮人のキムさんという老人が勤務していた。しかしながら、平壌から来ている職員は誰もおらず、それは別に話題にもならなかった。北朝鮮から職員を招こうと言う流れもなかった。朝鮮半島向けと称しながらも、北朝鮮との関係は極めて薄かったのだ。当時のハバロフスクでは、北朝鮮から来た人々を見かけることはなく、人々も社会も98年秋のルーブル切り下げによる社会の低迷をしのぐだけで精いっぱいだった。唯一、鮮烈な記憶として残っているのは、日本課には北朝鮮で出版された数巻に渡る4か国語の辞書があり、オンライン辞書などない時分だったので、矢鱈重いこの辞書をやっとの思いで引っ張りだして使っていたことだろう。

 

このロシア極東での2年間においても、またモスクワで日本大使館を建設するプロジェクトでモスクワに居た期間も、その後も、「北朝鮮の景勝地に行き、素晴らしかった」「平壌に遊びに行ったことがある」「北朝鮮出身の友人がいる」というロシア国民に一度も会ったことがない。日本や韓国に対しては、テクノロジーや食品などに関心を寄せ、旅行や留学をしたという人々は珍しくなかった。因みに、当時はまだ日本アニメや韓国コスメへの強い関心はなかった。要するに、普通のロシア国民にとっては北朝鮮国民とは別段大きな関心を寄せて付き合う対象ではなかったのである。

 

私自身は、沿海州で北朝鮮人に会ったことがある。沿海州の工場を訪問した時のことだった。てきぱきとした、元気なロシア人の女性が経営しており、工場は小さいが立派だった。東洋人の若い男性がもくもくと働き、私達の横を通りすがるたびにロシア語で無邪気に「こんにちは」とあいさつをしてくれるのが印象的だった。私も日本人的な愛想笑いと共に「こんにちは」と返し、女工場長に「中国から人を雇ってるなんてすごいわね!」と驚嘆して見せた。彼女は声を潜めて「実は北朝鮮の人たちなの」。うなじまで真っ黒に日焼けし、大人しそうな青年たちは皆そうだという。「えっ」「だから、ここで写真は撮らないで」「なんで雇ってるのよ」「真面目でよく働くし、可哀そうな人たちなのよ…もし、ロシアに生まれてたら車や部屋も持てるのよ」絶句するしかなかった。北朝鮮人と強い結びつきを持っている、市井のロシア国民に会ったのは後にも先にもこの女工場長だけであった。しかしこの関係性も、工場労働者と工場長という利害関係があっての「やさしさ」であった。

 

ここへ来て、ロシアと北朝鮮の関係は急速に深まっている。観光分野では顕著で、両国はロシア国民に北朝鮮観光をさせる政策を打ち出しSNSでPRもしている。同時に、11月にもともと歴史的に反日政策をとる北朝鮮と第2次世界大戦の終結を祝うイベントをロシア国内で行おうとしているのは懸念の対象でしかない。このイベントは、当初第2次世界大戦の終結と「日本の軍国主義者の敗北」を記念することを明記していたが、現在はその文言は削除されている。

 

日露関係は、2022年の戦前までは領土問題以外に大きな対立はなく、ロシアはまぎれもなく親日国であった。個人的にも日本人であることを理由にロシアで嫌がらせを受けたことはなく、人々は親切であり、敬意を払ってくれていた。そのうえで、反米であるロシアが反米である北朝鮮と距離をますます縮めることによって、ロシアにおける反日の度合いが図らずも増していくことは、日本とロシアにとって大きな損失でしかない。ウクライナにおける甚大な規模の破壊と人々の止まない死を考慮すれば、ロシアと友好を「深める」状態では決してない。しかしながら、ロシアと常に対話できる距離を適切に保っておかなければ、第三国の出現でその関係性が阻害され、後戻りしづらくなる状況は避けなければならない。

 

 

株式会社日露サービス
代表取締役社長
野口久美子

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