Blühe, deutsches Vaterland!(栄えよ、父なる祖国ドイツ!)ドイツ大使公邸レセプションに参列しました
2025年9月22日
公益財団法人日独協会様によるご案内で、ペトラ・ジークムント駐日大使閣下主催の「Sommserfest」(夏祭り)にお招き頂きました。
私個人のドイツとの関係は、大学の卒業旅行でベルリン旅行をし、家族の仕事の都合で1年ほどハイデルベルクで生活した、という程度のものです。お恥ずかしながらドイツ語は殆ど出来ません。ドイツ専門家の大伯父の池田林儀は、大正時代に日本軍の資金でドイツに6年留学し、その後も新聞社のベルリン特派員や、何らかの任務で欧州にいたようです。終戦の頃は、海軍の報道部のトップで情報収集と分析に当たっておりました。並行し「日獨旬刊」「日独文化出版局」の経営をしておりました。ドイツ関連の著作は50冊ほどありました。祖父の慶四郎は経営にあたると同時に、これら出版社の編集者でした。しかし、第2次世界大戦の敗戦により、彼らの多くのドイツ関連の著作はGHQにより発禁となったわけです。そんなわけで、ドイツとは115年程の細々とした付き合いがあります。
ドイツ大使館の催しには、6月にバーベキュー大会にお邪魔させていただきました。それが初めての訪問でしたが、歴史的にも、また現代的にも建築で有名なドイツらしく、大使館の建築もすっきりとしたデザインが印象深く、一言で言うならば「洗練されたおしゃれさ」。EUの大国ならではの力強さを、そこここに感じます。この時は、若い方が多く、またドイツに留学されていた方々とも知り合うことができ、大変楽しい夏の夜でした。ドイツ留学は割と気軽にされている方もおり、やはり日本とドイツは交流に障壁がないことを実感…。航空券を買えばすぐに行ける国とは、精神的な距離感も近いものです。
うちっぱなしの壁がモダンなイメージのドイツ大使館

今回は、前回と異なり大使公邸での開催です。広々とした応接間には、カッコいいデザインのドイツ製と思しきソファや椅子がずらり。照明も優しげな色合いでリラックスできる雰囲気。大使公邸、というとても公的な場所のはずなのに、知り合いの家に遊びに来たような気持になるインテリアには驚きました。ドイツの住まいは全体的にシンプルにまとめる傾向にありますが、温かみのあるシンプルさなので、日本人にもなじみ深い空間です。
ジークムント大使閣下のスピーチの中で、ドイツ要人の日本訪問が頻繁に実現していることや、大使閣下も日本国内を旅行されていることに触れられてらっしゃいましたが、平和に交流できている国同士ならこれは当然で、日本とロシア、日本とウクライナの関係を顧みれば、戦時下の国々との関係においてこれまでになかった非常に暗い影を落としていることを実感します。しかしながら、ドイツも日本以上にこの戦争に対して神経をとがらせていることでしょう。彼らにとっては、ロシアは陸続きの国であり、かつての冷戦の当事者同士です。
夜の闇に紛れてその美しさは断片的でしたが、大使公邸の庭園は隠れた観光名所かもしれません。敷地は14,500平米。大正から昭和初期の政治家小泉策太郎の屋敷が、何度か人手に渡り、1957年にドイツ政府がここに大使公邸を竣工しました。武家門、茶室風四阿山、達磨大師の掘られた石碑など、古い日本がひっそりと生きる稀有な空間です。日本文化への敬意が込められ、日独関係の深さを感じます。

そして、美味しいドイツ料理も頂戴しました!グーラシュにシュペッツレ、ソーセージとハムにじゃが芋…。懐かしい味です。しかも大使公邸のお料理ですから、とりわけ行き届いた「ドイツ料理」です。ドイツに暮らすまでは気が付きませんでしたが、ドイツの豚肉を使った料理は大変美味しいものばかり。また、パンとケーキは格別です。フルーツを焼きこんだパウンドケーキ状のケーキは大好物でした。

宴の終わりに、大使閣下に短くご挨拶させていただきました。緊張しすぎてしまい、え~、私はロシア語通訳者で~、旧ソ連を対象としました「日露」サービスという会社をやってますが~、祖父と大伯父の会社は「日独」旬刊社で~、そこにちなんでて~、あ、でも~私もハイデルベルクに住んでたんです~、ローバッハ通りの~165で~…とすっかり「怪しい日本人」ですよね。通訳官の方は訳しやすかったと思います。(同業者として確信している)このご時世、ロシア語圏に関わるヤツがのこのこドイツ大使公邸にやってくるなんて、私がドイツ人だったらまず入れないわね。とはいえ、祖父と大伯父の発行していた「日独旬刊」の1942年4月号をお見せしたところ、驚いてご覧下さったことは大変有難いひと時でした。それにしても今回は「招待客の半分は女性にしてください」と大使館側から依頼があったそうで、私のようなものにもお声がかかりました。男女同権の国ドイツの素晴らしいアプローチで、ますますドイツが好きになりました。

ドイツはウクライナ支援を継続的に行っています。弊社でも、ドイツ在住のウクライナ避難民の方に2022年より引き続き支援を行い、戦争で祖国を離れざるを得なかった人々に寄り添っていきたいと考えております。ドイツは私個人にとって、家族の歴史に大きな影響を与えた国。19世紀から始まった日本とドイツの長い友好の歴史が、今後も変わらずに続くことを願っております。
株式会社日露サービス
代表取締役社長
野口久美子
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