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ロシア語と出会った頃の話 外国の日本語放送

2025年11月14日

1989年は、激動の時代だった。少なくとも、その最たる出来事がベルリンの壁の崩壊なのだが、個人的な歴史の中では今は亡きソヴィエト連邦で着々と進んでいた政策ペレストロイカ(改革)だった。その当時、私は14歳で、記憶の中に出てくる、コンテキストを持って現れる「ソヴィエト連邦」は、朝のニュースで報じられる姿が最初だった。よく知らないが隣の国では改革があり、開放路線を取っている。国際ニュースに関心を示していた私に、父が買ってくれたのはソニー製の短波ラジオだった。このラジオでは外国の放送を聴ける、と言われ、毎晩学校の宿題もそっちのけでチューナーを合わせていたものだった。その頃の外国の放送局の日本語放送は、現在では考えられない程充実していた。中国の北京放送、韓国のKBS韓国放送公社、北朝鮮の朝鮮中央放送といった東アジアの放送局はもとより、イギリスのBBC、ドイツのドイッチェ・ヴェレ、オーストラリアのラジオ・オーストラリア、ヴェトナムのヴェトナムの声。ヴァチカン市国のラジオ・ヴァチカンもカトリックの布教と言う大義のもと、日本語放送を行っていた。KBSのサイトを見ると「玄界灘に立つ虹」という番組の案内がでているのだが、この番組はあの当時からある。KBS、凄いではないか。「玄界灘に立つ虹」がここまでの長寿番組になるとは…。鋼鉄の虹である。そういう訳で、それぞれの国の放送に特徴があり、リスナーへの対応も様々だった。短波放送を聴き、放送局に聴取報告書を書いて郵送すると、ベリカードと呼ばれる聴取証明書を返送してくれる。周波数や聴取日時が記載されており、ちょうど絵葉書のサイズのものが多かった気がする。裏にはその国の観光名所の写真であったり、歴史上の人物であったり、お国柄を示すデザインがなされていた。同封の手紙や番組表にラジオ局員の直筆のメッセージも書き添えられ、遠い外国で働く日本人がいることが不思議に思われた。今でも覚えているのはBBCの日本語放送局からのメッセージだ。週末金曜日の午後にあなたの楽しいお便りを読み、こちらまで楽しくなりました。番組でご紹介しましたがお聞きになられましたか…。確かこのような文面だった。ロンドンの金曜日の午後。一週間の仕事が終わる楽しい時間だ。日本の子供の手紙を読んで笑って週末を終えるひと時をしたためた一文に、とんでもなく知的でカッコいい何かを感じてしまった。筆跡は女性のもののようだった。この人はきっと英語がうんと出来て、ロンドンに住んでて、どんな人だろう。カッコいい!ロンドンってどんな街なんだろう。ダイアナ妃くらいしか思いつかない。残念ながら私はその自分の手紙が読まれた番組を聞き逃したのだが、ベリカード欲しさに手あたり次第各放送局に送り付けた手紙の返信で、今でも覚えているのはこのBBCからの一通だけだ。あとは、聴取有難う御座います、程度の文言だった。そんなこんなで乱数放送を聴きとらんとするスパイのように、不審な女子中学生の私はラジオに張り付いていた。

 

その中でもとりわけ「サービスが良い」のはソヴィエト連邦のモスクワ放送であった。やや大きめの封筒で番組表のほかにバッジやちょっとしたパンフレットも同封してきた。放送時間も長く、日本時間の夕方頃から7時間くらいはやっていた気がする。ニュース、時事解説、文化番組、音楽番組…と他の放送局に比べて圧倒的にコンテンツが充実していた。様々な国に滞在してきた今改めて振り返ると、ソ連の「文化のコンテンツ」は質が高い。一言で言えば満遍なく普遍性のあるコンテンツだった。のちに専攻したロシア文学しかり、別にソ連に関心がなくとも読んで面白かったり、クラシック音楽も重厚で壮大な旋律は眠くなることもあるのだが、知っておいて損はなかった。何事もネタに尽きない、というのは大きな強みだが、国のイメージ戦略の上では猶更一歩抜きんでていられる。ソ連から返送される封筒にはミステリアスなロシア語のキリル文字が書かれていた。うわー、これがロシア語。全然読めない。そこでNHKロシア語会話のテキストを買い、巻頭のアルファヴェット表と照らし合わせて文字を拾ってみた。РАДИОはラジオと読むらしい。そっか、あのラジオってことか。さっきまで記号だった文字をつなぎ合わせると一つの言葉になる瞬間は、誠に尊く、非常に楽しかった。ヘレン・ケラーがサリバン先生に水をぶっかけられてwaterという語を知ったように、私のロシア語の始まりはラジオだったのである。同時並行で林儀おじさんがロシア語を話す人だったと父から聞いたり、ロシア文学にのめりこんで一浪したり、他の出来事もあるにはある。

 

奇しくもその10年後、就職氷河期の日本を脱出してそのモスクワ放送を名称変更した放送局・ロシアの声に新卒で就職することになるとは想像もしていなかった。あのBBCの素敵なお姉さんのようにアフタヌーン・ティーのカップ片手に(ってこれは私の都合のいい想像)気の利いた言葉をさっと書いて…なんてことは全然、全然、全然なかった。むしろ、ベリカードの返信は面倒くさいことこの上なしの義務でしかなかったのは、のちに知ることになるのであった。

 

株式会社日露サービス
代表取締役社長
野口久美子

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