トルストイと幸福、広島平和記念日
2022年8月6日
広島平和記念日。
松井一實市長の平和記念式典のスピーチで、今年は19世紀のロシアの作家レフ・トルストイの言葉が引用された。
「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ」
この出典は、よくわからない。
「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない」は、ロシア語圏では諺(あるいは箴言)として扱われ、明確にトルストイのものであるという事実を、私は見つけられなかったが、いずれにしても今日の我々にたちはだかる世界に大きな戒めとなる言葉である事には、間違いがない。
「他者」「幸福」を用いたトルストイの言葉は、他にもある。
「人生には、疑うことのないただ一つの幸福がある。それは、他者のために生きることだ」
1859年に書かれた「家庭の幸福」という小説の一節で、トルストイ唯一の女性目線で書かれた作品。露文の学生の頃に読んだのだが、物語の展開もテーマも素晴らしい。古典文学にあるべき普遍性がある。女性の視点で描かれる主人公の心のゆらぎは、とてもリアルだ。ここら辺がトルストイの文豪たる所以であるような気もする。この頃、トルストイは17歳年下のソフィヤとの結婚の三年前で、ソフィヤがいずれ辿るであろう精神生活を描いたのだとしたら、その想像力には感服する。
17歳の貴族の娘マーシャが、父に加え母親まで亡くし、屋敷で塞ぎこんでいると、後見人で、亡父の友人である36歳のセルゲイが訪れる。彼らは惹かれ合い、やがて結婚に至るのだが、時がたつにつれてお互いの関係が変わり、生活に埋もれ、二人は互いに愛情の形態が変化したことを確認し、さりとて別れる訳でもなく、物語は静かに終わる。二人の関係性の変化と幸福の変容の物語と言っても良い。
世界中、多くの人が心当たりのある話で、そんなことはないと否定する人は少ないだろう。大なり小なり、夫婦に限らずよくある話だ。人の関係は、変化するものである。印象的であるのは、二人の関係の変化に伴い、彼らはよく移動する。元の屋敷があるポクロフスコエからペテルブルク、さらにはおそらくドイツの温泉地バーデンバーデン、ハイデルベルク。関係性の変化と舞台の変化が呼応するのも興味深い。
他者のために生きることは、疑いなき唯一の幸福であるはずなのに、この二人は少なくともお互いのために生ききる事はできず、しかしそれが家庭の幸福であるとするのであれば、トルストイの描く「家庭の幸福」は非常に複雑だ。他者のために生きることの難しさを、皮肉として提示しているとも考えられる。
今日のロシア・ウクライナ戦争で指揮を執る人々には、他者のために生きることの意味が、すでに忘れ去られて久しく、我々はその結果として累積する死体と怪我人と瓦礫の山の前に居ることしか出来ないのだろうか。
株式会社日露サービス
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野口久美子
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